ぼくのりりっくのぼうよみ音楽活動終了に寄せた論考

若くして成功を収めたミュージシャンが新曲を作れなくなったりして、半ばフェードアウト気味にドロップアウトをしてしまうといった現象はありがちなクリシェとして手垢がつくほど語りつくされてきた物語ではあるのですが、唐突なぼくのりりっくのぼうよみの音楽活動終了に関しては、良くも悪くもSNSを息をするかの如く扱う世代っぽいキレの良さとともに前世紀末のセカイ系っぽい世界観が非常に強く、これに関しては月並みな中二病的な病と現代の病がキメラのように共依存めいて存在していて、実に興味深いと思ったので、折角なのでぼくのりりっくのぼうよみの曲を聴いて論考をしていこうと思います。

(勿論、これは単なる一個人の感想にすぎないし、前提として僕は熱心なぼくのりりっくのぼうよみファンとはいえないサブスクリプションサービスで一通りオリジナルアルバムを聴いた程度の人間ということを前置きとして書いておきます。そして、全ての歴解釈というのはその解釈者の目線が入ってしまうのは前提として書いておこうと思います。)

一旦、このNEWSをご存じ出ない人もいると思いますので、ここにソースへのリンクを張っておこうと思います。

www.oricon.co.jp

 

SNSが前提として存在し、その存在によってある意味他者の存在によって自己を認識することによって個人のペルソナが存在している今では、他社に承認or likeされることのみによってしか(それが思い込みであるにせよ、切実な実感としてあるにせよ結局は本人の認識がそうであるならばそれを前提として考えるべきでしょう)この世代は、自己を規定できないといった実感があると仮に仮定すると、SNSのフォロワー数やlikeの数など明確に実数として人気が出ているのかどうかも本人にダイレクトに届いてしまうのでしょう(牧歌的な紙やTVの広告などとは違ったweb広告などのように明確に残酷に)そして、他のデータ上でも本人に過大な負荷として期待されていた期待(実際、デビュー当時のメディア展開とか考えるに)に対して滅茶苦茶成果がでていたかと考えてみると本人の祭り上げられ方と完璧にはシンクロしていなかったといえるのかもしれません。以下にオリコンの実数値が。

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やはり、他社からの目線と期待、それに基づいて作られた自己認識像を考えると(仮に乱暴に規定するとSNS世代としては)どこか、あくまで推測にすぎないのですがそれに対して本人的には耐えがったのかもしれないという推測がなりたちます。そして、その当初規定された偶像という概念に対して本人が一度それを破壊し、一度SNSアカウントを消すか如く、一回ぼくのりりっくのぼうよみをリセットするという本人の強い決意によってこの判断はなされたのではないか?と個人的には捉えています。そして、本人の楽曲を聴いてみてもそのあふれでる思春期特有の衝動が先に立ってしまう感じが楽曲にも今振り返って聴いてみると、溢れていると感じるのです。そのため、極めて初期衝動に忠実に(そして、中二病としては完璧に)それを完遂しているという意味で非常に筋が通った行動であるという感じがするのです。

 

www.youtube.com

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願わくは、結構独特な(ロック的でもあるといえるし、メインストリームで超大ヒットするポテンシャルを持っていた)トラックとロキノン的でもあるし、老成していけばBUMP OF CHICKEN的とでもいえそうな(それはリリックの面でも)幅広い世代に訴求する声を持っていたと思うので、今後も別名義で活動等していくのであればチェックしていければなーと思います。(とはいえ、ここまでやるのであればその期待をしてはいけないのかもしれません・・・)

それでは、また。